みんなで大家さんの件
「みんなで大家さん」の成田プロジェクトをめぐる問題について、多くの出資者の方から相談を受けていると、共通して湧き上がっている感情があります。それは、怒りと悔しさです。
将来性のあるプロジェクトだと説明を受け、その内容を信じて自分の大切な資金を投じた。軽い気持ちではありません。
長い時間をかけて積み上げてきたお金を、信頼して預けたのです。それなのに、開発は何度も延期され、賃料は止まり、償還の見通しも見えない。しかも、その過程を丁寧に見ていくと、関連会社との取引、不動産価格の設定、資金の流れなどについて、どうしても納得できない点がいくつも浮かび上がってきます。
もし、関連会社が地権者から比較的安く取得した土地を、出資者の資金で高額に買い取る構造があったとすれば、その差額は関連会社の利益として確定します。
出資者の利益を犠牲にして、関連会社の利益を図ろうとしているわけです。
出資者の資金によってグループ会社に利益が先に生まれ、その後に残された土地の価値によって出資者がリスクを負う構造です。
さらに、開発会社が支払うとされていた賃料についても、大規模開発であれば竣工までの数年分の賃料は通常、事業計画の中に組み込まれているものです。
それにもかかわらず「開発業者が賃料を払えない」という説明がなされるのであれば、当初の資金計画そのものに重大な疑問が生じます。こうした状況を前にして、多くの出資者が感じているのは、極めてシンプルな感情ではないでしょうか。
「ふざけるな!」
その思いは決して間違っていません。
しかし同時に、こうも考えてしまう人が多いのも事実です。
「もう仕方ないのかもしれない」
「ここで諦めるしかないのではないか」
本当にそうでしょうか。ここで一度、立ち止まって考えてみてください。
諦めることが、本当に合理的な選択なのでしょうか。
何百万円、何千万円という資金を投じた投資です。そのお金がどうなったのかを明らかにしようとすることは、決して特別なことではありません。むしろ、当然の権利です。怒りや悔しさを感じるのであれば、その感情をただ飲み込んで終わりにする必要はありません。
もちろん、弁護士に依頼すれば費用がかかります。それを躊躇する気持ちも理解できます。
でも、弁護士に費用を払いたくない、余裕がないというのであれば、当事者として自分で訴訟を起こすという方法もあります。
日本の裁判制度は、必ずしも弁護士をつけなければ利用できないわけではありません。自分の怒りや疑問を、裁判という形でぶつけることもできるのです。
大切なのは、何もせずに終わることが本当に納得できるのかということです。
現実には、償還期限が到来している案件や解約が成立している案件では、訴訟の中で和解が成立する例も出てきています。
つまり、動いた人だけが交渉のテーブルに立てるという現実があります。何もしなければ、その可能性すら生まれません。
理不尽だと感じるのであれば、その理不尽に対して声を上げることは決して間違いではありません。怒りを押し殺して「仕方ない」と言ってしまうことが、大人の対応だとは限らないのです。
聞き分けの良い投資家になる必要はありません。
自分のお金がどうなったのかを知りたい。納得できないことを納得できないと言いたい。その気持ちは、極めて正当なものです。
理不尽に対して怒ること。疑問を追及すること。そして、必要なら戦うこと。
それは特別なことではありません。
許せないと思うなら、その思いをそのままぶつければいいと思います。

